鬼滅の刃のキャラクター

鬼滅の刃/岩柱・悲鳴嶼行冥の強さの陰に悲しすぎる”強烈”過去…

猪突猛進の伊之助が「最強だ」と謳う人物、悲鳴嶼行冥。
体格も柱の中でダントツに大きいですものね。

炭治郎も「あの人だけ匂いが全然違う」と話しています。
強い人の匂いってどんな匂いがするのか少し気になりますが……(笑)

彼の強さの秘訣とは?

行冥についていろいろな角度から見ていきたいと思います。

岩柱のプロフィール

悲鳴嶼行冥(ひめじま ぎょうめい)

  • 誕生日:8/23
  • 年齢:27歳
  • 身長・体重:220㎝130kg
  • 趣味:尺八
  • 好きな物:炊き込みご飯
  • CV:杉田智和

盲目の僧侶。手や首に数珠をつけ、南無阿弥陀仏と書かれた羽織を着用。
感動屋で涙もろく、常に涙を流しています。

目が見えない分、耳はとてつもなく良いでしょうから趣味の尺八は彼にとって本当に娯楽なのでしょう。

それにしても大正時代にこんな大きな人はほとんどいません。
すごい巨漢ですよね。

 

行冥の誕生日から性格・特徴を調べてみました。

  • 感情に振り回されることなく、いろいろなことを自分の中で完結させる良く言えば冷静沈着。悪く言えば冷たい人だと思われがち。
  • 人間関係で少し損をしてしまうことがありますが、社会や仕事においては大変重宝される存在です。周囲からの厚い信頼が得られるでしょう。

誕生石はブルナイト…躍動。正しい主張。非凡な才能の開花。

いろいろと行冥にリンクするものがありますね…!

参考サイトhttps://uranaru.jp/topic/1000476

 

 

力技の境地・岩の呼吸

行冥は岩の呼吸の使い手です。

その特徴としては、ただひたすらその高い攻撃力を生かして相手をねじ伏せるといったパワー型。

そんな彼はどんな武器を使い、どのような技を使っているのでしょうか?

 

悲鳴嶼の武器…棘鉄球と手斧(鎖で繋がれている)

他の呼吸の使い手が刀に対して、行冥が使っているのはこの二つ。
どちらも加わる力が強ければ強いほど殺傷能力に優れているような武器ですね。

少なくとも現時点では行冥以外この武器を使っている剣士はいない様子。

他の柱(しのぶや蜜璃)同様行冥に合ったように作られた物ではないかと思われます。

 

 

悲鳴嶼の技…岩の呼吸

壱ノ型…蛇紋岩・双極

対象に向かい棘鉄球と手斧を投げ、繋がれた鎖を自在に操ることによって双方から攻撃を仕掛ける技

 

弐ノ型…天面砕き

棘鉄球のみの攻撃。棘鉄球を投げ、繋がれた鎖を力一杯踏むことで相手の頭上に棘鉄球を落とす技。

 

参ノ型…岩躯の膚

棘鉄球のみ使用。鎖を持ち、自身の周囲で振り回すことにより、相手の攻撃を防ぐ防御の技。

 

肆ノ型…流紋岩・速征

鎖でしならせながら手斧、および棘鉄球を対象に向かって投げる技と思われる。
が技が決まる前に攻撃を受けてしまったため詳細は不明。

壱ノ型に近いような技であることが推測されるが、壱ノ型は両方を同時に投げるのに対し、こちらは片方ずつを投げる(おそらく身体をひねって交互に攻撃を繰り出すイメージ)為、攻撃力は落ちるが、命中率は上がりそうである。

 

伍ノ型…瓦輪刑部

手斧、棘鉄球を放ち、複数回攻撃が可能。現段階では4回の攻撃が確認されている。

 

どれも軽々とやってのけている風に見えますが、持っているだけでも重量がありそうなこの武器は身体を鍛えに鍛え抜いた行冥だからこそできる技であって真似することはほぼ不可能のように感じられました。

1回の攻撃が当たっただけでも致命傷になりかねませんね。

柱最強、恐るべし…!!

 

南無阿弥陀仏とは?

よく行冥は口癖のように「南無阿弥陀仏」と唱えていますが、みなさん意味はご存じでしょうか??

実のところ私も詳しくは知らず、亡くなった人へ向かって念仏を唱えてるとか安らかにという意味かな??
和尚さんとか数珠を使って言っているよなーくらいの認識しかありませんでした。

なので今回はこの念仏の意味を調べてみることにしました。

仏教用語としての解説

南無…ナモーの音写語。「礼拝、おじぎ、あいさつ」を意味するナマスの変化形。

阿弥陀仏…阿弥陀如来。梵語ではアミターバ、アミターユス。

アミターバ:量りしれない光を持つもの

アミターユス:量り知れない寿命を持つ者

すなわち、「南無阿弥陀仏」とは「わたくしは(はかりしれない光明、寿命の)阿弥陀仏に帰依(すぐれたものを頼みとしてその力に縋ること)します。

つまり南無阿弥陀仏と唱えることによって「私を救ってください」と願うことで阿弥陀仏に極楽浄土に導かれると説いたものです。

後には弟子によって「まかせなさい。必ず救うぞという仏の呼び声」だという風に広まったとも言われています。

・・・

以上のことから私の思っていた解釈はほぼ間違ってはいなかったようです!

行冥が南無南無言っているのは、来世では良い導きがありますようにというような願いが込められているのかもしれませんね。

だからといって何でもかんでも殺してしまおうとなるのはどうかと思いますが…笑)

参考サイトWikipedia

 

最強の男の影に、強烈な絶望の過去

僧侶の風貌をしながらも、初対面の炭次郎や禰豆子に対し

「なんとみずぼらしい子ども。生まれてきたこと自体が可哀想だから殺してやろう

「鬼に取り憑かれているのだ。早く殺して解き放ってあげよう」

などと口にするなどなかなかに過激です。

南無阿弥陀仏を唱えるような人なのであれば、元々は慈悲深い人を正しく導いてあげるような人だったのでしょう。

それでは何が彼を変えたか。

そこにはまたしても「鬼」の存在がありました。

心優しかった彼を変えた事件

昔行冥は親のいない子どもを引き取り寺で預かっていました。
が、ある晩言いつけを破り外に出ていた1人の子どもによって寺に鬼がまぬかれてしまいます。

行冥は自分の近くにいるように子どもたちに伝えますが、パニックを起こした子どもは行冥の話も聞かずに逃げ出そうとし全員殺されてしまいます。

残ったのは行冥の言うことを聞いて、そばを離れなかった一番小さい沙代ただ1人。
行冥はこの子だけは守ろうと力を振り絞って鬼の頭を何度も何度も殴り潰しました。

そこで初めて自分の強さを知ることになります。

ちょっとした言葉のかけちがい

朝になり鬼は消えていなくなったが、駆けつけた人々に事情を聞かれると沙代は「あの人は化け物。みんなあの人が、みんな殺した」と話し、無情にも行冥が子どもたちを殺したことにされてしまったのです。

後に分かったことですが、沙代のこの言葉の「あの人」とは鬼のことを指しており、決して行冥がみんなを殺したとは言っていないのですが・・・

鬼は朝日と共に消えてしまい、残された血まみれの行冥を見て周りの大人たちは完全に行冥の仕業だろうと思い込んだのです。

最後まで守った沙代にすら裏切られてしまった悲しみと絶望でこのときから特に子どもを信じることができなくなってしまったのです。

処刑される寸前で親方様に助けてもらい、現在に至る。

参考お館様への挨拶は奪い合い?柱たちのお館様への異常な敬意

あまりにも報われない現実だけが残った

頭では分かっています。子どもは自分に精一杯、手一杯だから仕方ない。

そうは言いつつもただ「ありがとう」と労ってほしかった。それだけで救われたのに…と。

行冥にとって子どもたちはなによりも大切でかけがえのないものに違いありません。
それが一瞬にして奪われ、裏切られてしまった。

今まで守ってきたものはなんだったのだろうか?

どこにもぶつけようのない苦しい思いだけが身体を巡っていたのでしょうね。

えっホントに盲目なの?

行冥は目が見えません。

これが先天性のものなのか、後天性のものなのかは不明ですが、寺で子どもを預かっていた時からすでに目は見えていないようです。

それでは目が見えないとどのようなことが起こるのでしょうか?

  • 人、物、風景などを視覚的に捉えることができない。
  • どこになにがあるか分からない為、危険を察知することができない。

人間の機能で一番情報源となっている目。それが見えない世界とはなんと恐ろしいでしょう。

暗闇の中に閉じ込められて前も後ろも分からないようなところにいたら、あなたはその1歩を踏み出すことができますか?

状況に適応する脳の可塑性

しかし人はどこかが不自由でも、別の感覚が特化するものです。

  1. 耳からの情報・・・小さな音にも敏感でその音や聞こえ方によってどこにいるのか、どれくらいいるのかなどを把握することができる。
  2. 鼻からの情報・・・匂いを嗅ぎ分けることができる。
  3. 手の感覚・・・自分が触れた物を感覚的に記憶し情報の頼りとする。

おそらく行冥は長い間目が見えない状態で過ごしています。
ですが、普通に目が見えている人となんら変わりない生活をしていたように感じます。

「昔は食べるものも少なく痩せていた」と本人は言って言いましたが・・・

その他傷だらけであるという感じは見受けられなかったので回りの援助(子どもたちの手助けなど)があったからなのか、それともすでに目以外の感覚を特化させていたのかは分かりませんが、私の推測的には後者だと思っています。

なぜ彼は「そこ」から離れなかったのか?

ここで1つの疑問が浮かびます。

彼は自分の過去を語る上でこう述べています・・・

「私の住んでいた地域では鬼の脅威の伝承が根強く残っており夜は必ず藤の花の香炉を焚いていた」

なぜ鬼が出るかもしれないと分かっているのにその地域に居続けていたのか??

伝承と言うだけだから作り話だろうと思ったのでしょうか?
でも昔話だろと思っていたのであれば藤の花の香炉は焚かないはずですが、この寺では毎晩香炉を焚いている。

そこまでしてその場所に居続ける意味はあるのでしょうか?

どうしても離れられない理由があった?

鬼の脅威があることが分かっているのであれば違う場所に移り住むなどの行動を示しても良いような…ましてや目が見えないのであれば、より安全な場所へ避難していた方が良いと私は思うのですが…

なにかその寺、もしくはその地域に居続けなければならない「何か」があったのかもしれませんね。

いまどきじゃ考えられませんが・・・・大正の昔は、生まれた地域や家などを守る為に離れないという考え方も強かったようですし。

そのあたりも伏線があったらおもしろいなあと思います!

まとめ

彼の強さは憎しみや怒り、悲しみなどからなるものであることが分かりました。
優しい人ほど必要以上に傷ついてしまうような気がしますね。

強さと引き換えに人を思いやり、信じ、愛することを忘れてしまったのですね…

炭治郎や禰豆子との出会いによって少しずつ変化してきています。

また、継子にしないと言いながらも、なんだかんだで玄弥のことを気遣っている様子も本来の優しい行冥の姿が見え隠れしているみたいです!

真の意味で本来の彼に戻れるといいですね。

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